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哲学者の年収を見積もってみた──100人を現代日本の仕事に置き換えて見えた「生まれ」の偏り【歴史×データ】

プラトンからジジェクまで、名を残した哲学者100人の仕事と身分を今の日本の仕事に置き換えて年収を推定した。中央値は1,500万円。ただし本人の稼ぎよりはっきり偏っていたのは、生まれた家の豊かさだった。

古代の大理石の階段に、上等なサンダルの足と裸足の足が並ぶAI生成画像
一般
公開日: 2026年10月18日
読了時間: 18 分
著者: ぽちょ研究所
読了時間: 18 分

ふと、哲学者ってどのくらいの年収の人が多かったんだろうと思って調べてみた。

哲学者と聞くと、樽の中で暮らしたディオゲネスや、裸足で街を歩いて問答したソクラテスのように、お金に無頓着な人の姿が浮かぶ。一方で、ローマ皇帝のマルクス・アウレリウスも哲学者だし、プラトンはアテネ屈指の名門の出だ。思想史の教科書に載る人は、案外お金持ちばかりなのではないか。名前が残らなかった貧しい人の思想は、受け継がれなかったのではないか。

もちろん、2,000年以上前の人の年収を正確に知る方法はない。そこで、その人がその時代にどんな仕事をして、社会のどの位置にいたかを手がかりに、今の日本で同じ位置にいる仕事に置き換えてみることにした。古代から現代まで100人。「仮にこう置くなら、こうなる」という見積もりだ。

1. 結論:真ん中の哲学者は年収1,500万円。ただし最も偏っていたのは「生まれ」

100人の推定年収を並べると、こうなった。

  • 平均は3,257万円。 ただしこれは、皇帝や大富豪の3人(上限の3億円で計算)に強く引っ張られた数字で、3人を除くと2,429万円になる。
  • 中央値は1,500万円。 ちょうど真ん中の哲学者は、大学教授、宮廷医、高級官僚、司教といった水準にいる。日本の給与所得者の平均487万円[1]の約3倍だ。
  • 487万円を下回る人は17人。 路上生活、托鉢、写譜、レンズ研磨。貧しい哲学者もはっきりいる。
  • いちばん大きな偏りは本人の年収ではなく、生まれた家にあった。 100人のうち67人が、王侯・貴族・富裕層、または商人や専門職などの中上流の家に生まれていた。

「哲学者は平均して年収4,000〜5,000万円くらいあるのでは」というのが調べる前の私の見立てだったが、そこまでは届かなかった。それでも4,000万円以上と見積もった人は21人いて、5人に1人は桁違いの暮らしをしていた計算になる。

2. 測り方:通貨ではなく「社会の中の位置」で置き換える

古代ギリシア、ローマ、中国の貨幣と江戸の小判、米俵の模型が一列に並ぶAI生成の静物画像

ドラクマ、セステルティウス、布銭、小判、石高。単位も物価も違う通貨は、そのままでは比べられない。

古代アテネのドラクマや江戸時代の石高を、物価だけで今の円に換算しようとすると、何を基準にするかで答えが何十倍も変わってしまう。そこで今回は通貨の換算をあきらめ、その社会の中でどのくらい上にいたかを、今の日本の同じ位置の仕事に当てはめた。

当時の立場現代日本での置き換え置いた額
皇帝・王族、帝国屈指の大富豪比べようがないので上限で固定3億円
執政官・大法官・宰相、大企業級の事業主、大ベストセラー作家首相・閣僚級に資産収入を加えた水準5,000万〜1億円
大貴族・大地主・金利生活者、宮廷顧問、大司教・枢機卿事務次官級から資産家2,000万〜5,000万円
大学教授・学長、宮廷医、侍講国立大学教授1,000万〜1,500万円
私塾の主宰、教師、下級官吏、町医者、編集者会社員の中位〜上位500万〜900万円
托鉢、清貧の誓い、亡命、路上生活、非正規の仕事低所得〜ほぼ無収入50万〜400万円

数字は人生の最盛期ではなく、大人になってからの暮らしをならした代表値にした。たとえばマキャヴェッリは、フィレンツェ共和国の局長級だった時期と、失脚後に山荘で困窮した時期をならして800万円とした。

もう一つ、本人の稼ぎとは別に、生まれた家の豊かさ(出自)を5段階で記録した。

区分生まれた家
S王侯・大富豪
A貴族・富裕層
B中上流(商人・専門職・官吏)
C庶民・没落した家
D貧困・奴隷・孤児

100人の選び方は、思想史の入門書に必ず出てくる人を、古代から現代まで時代ごとに拾った。中国、インド、イスラーム世界、日本からも入れたが、西洋の比重は大きい。

3. 分布:平均3,257万円、中央値1,500万円

推定年収の帯ごとに人数を数えると、こうなる。

推定年収人数主な人
1億円以上9人マルクス・アウレリウス、セネカ、ヴォルテール、キケロ、エンゲルス、福沢諭吉、サルトル
3,000万〜1億円26人プロタゴラス、プラトン、アリストテレス、トマス・モア、ロック、アダム・スミス
1,000万〜3,000万円31人孔子、デカルト、ヘーゲル、カント、ハイデガー、西田幾多郎
500万〜1,000万円17人エピクロス、マキャヴェッリ、ホッブズ、マルクス、ニーチェ、ウィトゲンシュタイン
500万円未満17人ソクラテス、ディオゲネス、エピクテトス、荘子、スピノザ、ルソー

いちばん人数が多いのは1,000万〜3,000万円の帯で、ここに大学教授と高級官僚が集まっている。平均が中央値の2倍以上あるのは、上の方に桁違いの人が少数いるからだ。年収の分布は、今の社会と同じように右に長く伸びている。

時代ごとに見ても、真ん中の水準はほとんど変わらない。

時代人数平均中央値
古代26人4,498万円1,500万円
中世17人2,265万円1,500万円
近世14人2,629万円2,000万円
18世紀14人4,021万円1,500万円
19世紀15人2,607万円1,500万円
20世紀以降14人2,714万円2,000万円

古代と18世紀の平均が高いのは、皇帝マルクス・アウレリウスとセネカ、そしてヴォルテールがいるからだ。中央値で見ると、どの時代も1,500万〜2,000万円に収まっている。2,000年以上のあいだ、名を残す哲学者の「真ん中」は、今で言う大学教授くらいの暮らしをしていたことになる。

4. 稼いだ哲学者たち:皇帝、大富豪、売れっ子講師

夕暮れの海辺のローマ風別荘の中庭に、蝋板と銀の杯が置かれたAI生成の絵画

海の見える別荘と蝋板。ストア派の哲学者セネカは、皇帝の教師として巨万の富を築いた。

上の方にいる人たちは、スケールが違う。

セネカは、ストア派の哲学者として「富に執着するな」と説いた。その一方で皇帝ネロの家庭教師・顧問を務め、政敵からは「わずか4年で3億セステルティウスを集めた」と非難された。[2] 告発した側にも恨みがあったので数字は割り引く必要があるが、ローマ有数の資産家だったことは確かだ。

ヴォルテールは、公証人の子として生まれ、作家として名を上げた。財を築いたきっかけの一つは、1729年にパリ市が国債の償還のために始めた抽選制度だった。くじ1枚の値段は国債の額面に比例するのに、当たる確率はどの券も同じだったため、安い国債を大量に集めれば、少ない元手で当たりを大量に持てた。数学者ラ・コンダミーヌとこの欠陥に気づき、仲間と組んで利益を得た。[3] 運ではなく計算で稼いだ話で、政府はやがてこの穴をふさいだ。その後も投資と貸付で資産を増やし、晩年はフェルネーの領主になった。

古代ギリシアには、教えることで稼いだ人もいる。弁論術の教師プロタゴラスについて、プラトンは対話篇『メノン』の中で、彫刻家ペイディアスとほかの彫刻家10人を合わせたよりも多く稼いだ、とソクラテスに語らせている。[4] 今で言えば、受講料の高い超売れっ子講師だ。

最初の哲学者とされるタレスにも、お金の逸話がある。貧乏だと馬鹿にされたタレスは、天文の知識から翌年のオリーブの豊作を読み、冬のうちに安く圧搾機を押さえておいた。収穫期に貸し出して大儲けし、「哲学者はその気になれば金持ちになれるが、関心がないだけだ」と示した、とアリストテレスが『政治学』に書いている。[5]

日本では福沢諭吉が突き抜けている。中津藩の下級武士の家に生まれ、身分制度のせいで力を発揮できなかった父を思って「門閥制度は親の敵」と書いた人が[6]、慶應義塾をつくり、新聞『時事新報』を興し、『学問のすゝめ』を大ベストセラーにした。

5. 貧しかった哲学者たち:路上、托鉢、写譜、レンズ研磨

古代ギリシアの道端に横倒しの大甕とランプ、眠る犬を描いた木版画風のAI生成画像

道端の大甕。ディオゲネスは甕を住まいにし、物乞いをしながら暮らしたと伝えられる。

反対側には、今の基準ではかなり貧しい人たちがいる。

ディオゲネスは、シノペの両替商の子として生まれ、通貨の改鋳事件に関わって故郷を追われた。アテネでは大きな甕を住まいにし、物乞いをしながら暮らしたと伝えられる。[7] 今回の100人で最も低い、年収50万円とした。

ソクラテスは石工の子で、授業料を取らずに街角で問答を続け、自分の貧しさをたびたび口にした。ただし重装歩兵として戦争に行けるだけの財産はあった。完全な無一文ではなく、「定職のない市民」くらいの位置だ。

スピノザは、アムステルダムの貿易商の家に生まれたが、家業は傾き、ユダヤ人共同体から破門された。光学レンズを磨き、裕福な支援者からの年金で質素に暮らし、ハイデルベルク大学の教授の誘いも断った。[8] ルソーは楽譜を書き写す仕事で生計を立て、国王からの年金を断った。マルクスはロンドンの亡命生活で困窮し、エンゲルスの仕送りに頼った。

東洋にも貧しい思想家は多い。荘子は漆園の管理をする小役人で、貧しさについての逸話がいくつも残る。日蓮は自らを漁師の子と語り、辻説法と二度の流罪を経験した。

ただ、年収487万円を下回った17人のうち7人は、中上流以上の家に生まれている。ディオゲネスは両替商の子、スピノザは貿易商の子、ブッダは王子だ。本人が貧しいことと、貧しい家に生まれたことは、別の話になる。

6. 出自で見ると:3人に2人が中上流以上の家に生まれていた

本人の年収とは別に記録した「生まれた家」で集計すると、偏りはもっとはっきりする。

出自人数本人の推定年収(中央値)主な人
S 王侯・大富豪13人3,000万円プラトン、マルクス・アウレリウス、ブッダ、ウィトゲンシュタイン
A 貴族・富裕層24人3,000万円アリストテレス、トマス・アクィナス、デカルト、キルケゴール
B 中上流30人1,750万円ロック、ヘーゲル、マルクス、サルトル、西田幾多郎
C 庶民・没落した家21人600万円ソクラテス、孔子、ルソー、ニーチェ、福沢諭吉
D 貧困・奴隷・孤児12人1,100万円エピクテトス、日蓮、カント、ハイデガー、カミュ

前近代の社会では、人口の大半は農民などの庶民だった。それなのに、100人のうち庶民の家(C)と貧困・奴隷・孤児(D)の出身は合わせて33人しかいない。王侯・貴族・富裕層(S・A)だけで37人いる。

下から上がってきた人は、はしごに乗っていた

表の中で一つ不思議なのは、D(貧困層)の出身者の年収の中央値が、C(庶民)より高いことだ。理由は、Dの12人の多くが下から上へ上がった人だからだ。

  • エピクテトスは奴隷として生まれ、解放されてから哲学の私塾を開いた。
  • カントは馬具職人の子で、受講料だけが頼りの私講師を15年続け、46歳でようやく教授になった。[9]
  • ハイデガーは教会の堂守の子で、教会の奨学金で進学し、フライブルク大学の教授・総長になった。
  • カミュは父が戦死し、母は読み書きのできない家政婦だった。奨学金で学び、ノーベル文学賞を受けた。

共通しているのは、教会、大学、奨学金、パトロンといったはしごに乗れたことだ。貧しい家に生まれて名を残した人は、ほぼ例外なく、どこかで書く場所と読まれる場所を手に入れている。

豊かな家に生まれ、貧しさを選んだ人もいる

逆向きの人もいる。

  • ブッダはシャカ族の王子として育ち、出家して托鉢で暮らした。
  • トマス・アクィナスは伯爵家の生まれで、家族に幽閉されてもドミニコ会に入り、清貧の誓いの下で教えた。
  • ウィトゲンシュタインは欧州有数の鉄鋼財閥の子で、相続した財産を兄姉に譲り、小学校教師や修道院の庭師をした。
  • シモーヌ・ヴェイユは裕福な医師の家に生まれ、高校教師の職を休んで工場で働いた。

この人たちは本人の年収だけを見ると低く出る。けれど、読み書きを覚え、学問に触れる時間を与えたのは、生まれた家だった。貧しさを「選べる」こと自体が、恵まれた出発点の裏返しでもある。

時代が下れば、この偏りは小さくなりそうに思える。ところが今回の100人では、20世紀以降の14人のうち12人がB以上の出身だった。大学が広がり、はしごは増えたはずなのに、名を残した人の生まれは、むしろ中上流に寄っている。人数が少ないので断定はできないが、印象的な結果だった。

7. 100人の推定年収一覧

ここまでの数字のもとになった100人の一覧を、時代ごとに載せておく。出自の記号は第2章の5段階だ。

古代(紀元前6世紀〜5世紀)

名前出自推定年収現代日本での置き換え
タレスA3,000万円商社系の事業家・投資家
ピタゴラスB3,000万円新宗教・大規模私塾の主宰者
ヘラクレイトスS5,000万円旧家の資産家(隠遁)
アナクサゴラスA600万円財産を手放した在野研究者
プロタゴラスC8,000万円超売れっ子の講師・コンサルタント
ソクラテスC300万円定職のない論客
デモクリトスA1,500万円遺産で研究旅行を続ける資産家
ディオゲネスB50万円路上生活者
プラトンS5,000万円名門資産家・私立学園の理事長
アリストテレスA5,000万円王室の家庭教師・研究所長
エピクロスC600万円共同生活型の私塾の主宰
キティオンのゼノンB800万円元貿易商の講師
キケロA1億円首相経験者・大物弁護士
セネカA3億円(上限)超富裕層(政権中枢の顧問)
エピクテトスD400万円小さな私塾の講師
マルクス・アウレリウスS3億円(上限)国家元首・皇族
ヒュパティアB1,500万円国立大学教授・都市の有識者
アウグスティヌスC1,200万円地方大教区の司教
孔子C1,500万円私塾の主宰+一時は閣僚級
老子C600万円国立公文書館の職員
墨子D500万円技術者集団のリーダー
孟子C3,000万円大物の政策顧問
荘子C300万円下級公務員→無職
荀子C2,000万円国立大学の学長・地方首長
韓非S3,000万円王族(傍系)
ゴータマ・ブッダS100万円出家した托鉢者

中世(6世紀〜15世紀)

名前出自推定年収現代日本での置き換え
ボエティウスS1億円名門資産家・政権中枢
ファーラービーB400万円質素な宮廷付き学者
イブン・スィーナーB5,000万円大病院の院長+大臣
ガザーリーD1,500万円名門大学の教授(のち辞職)
イブン・ルシュドA3,000万円最高裁判事・侍医
マイモニデスB2,500万円宮廷医・宗教共同体の指導者
アンセルムスA3,000万円巨大宗教法人のトップ
アベラールA1,500万円人気予備校講師
トマス・アクィナスA500万円修道会所属の大学教授(清貧)
オッカムのウィリアムC300万円亡命中の修道士
ニコラウス・クザーヌスB5,000万円枢機卿・司教
朱熹B1,200万円地方官僚+私立学院長
空海A3,000万円大宗教法人の創立者
法然B500万円新興宗派の開祖
親鸞B300万円地方の伝道者
道元S500万円修行道場の主宰(清貧)
日蓮D300万円街頭の宗教家

近世(16世紀〜17世紀)

名前出自推定年収現代日本での置き換え
王陽明A5,000万円大臣級の高官・将軍
マキャヴェッリC800万円中央官庁の局長(のち失職)
トマス・モアA5,000万円最高裁長官級の閣僚
エラスムスD1,500万円ベストセラー作家+パトロン年金
モンテーニュA5,000万円地方の大地主・市長
フランシス・ベーコンA8,000万円閣僚・大法官
ホッブズD800万円名家お抱えの家庭教師・秘書
デカルトA2,000万円金利生活者
パスカルA2,000万円資産家・発明家・起業家
スピノザB300万円町工場の職人+支援者の年金
ロックB3,000万円政治家の側近・政府の委員
ライプニッツB2,500万円宮廷顧問官・図書館長
伊藤仁斎B600万円町の私塾の主宰
中江藤樹C300万円田舎の私塾の主宰

18世紀

名前出自推定年収現代日本での置き換え
バークリーB2,000万円地方大教区の主教
モンテスキューS1億円大地主・ワイナリー経営の貴族
ヴォルテールB3億円(上限)投資家・大富豪作家
ヒュームB2,000万円外交官・次官級官僚+ベストセラー作家
ルソーC300万円非正規の写譜業
ディドロC600万円編集プロダクションの編集長
アダム・スミスB3,000万円大学教授→国税当局の幹部
カントD1,000万円非常勤講師→国立大学教授
ベンサムA3,000万円資産家(弁護士資格はあるが業務せず)
ウルストンクラフトC300万円フリーの翻訳者・ライター
荻生徂徠B2,000万円大臣の政策ブレーン
石田梅岩C400万円町の無料講座の講師
安藤昌益C700万円地方の開業医
本居宣長B1,000万円町の開業医(小児科)+私塾

19世紀

名前出自推定年収現代日本での置き換え
フィヒテD1,200万円国立大学の教授・学長
ヘーゲルB1,500万円国立大学の教授・学長
ショーペンハウアーA2,000万円金利生活者
J・S・ミルB2,500万円商社の幹部社員→国会議員
キルケゴールA3,000万円資産家の息子(無職)
エマソンC2,000万円人気講演家
マルクスB600万円亡命ジャーナリスト
エンゲルスS1億円紡績会社の共同経営者
ソローC300万円家業の手伝い+測量のアルバイト
ニーチェC600万円若手教授→病気退職の年金生活
パースA400万円職を失った元研究員
ウィリアム・ジェイムズS3,000万円資産家一族の大学教授
二宮尊徳D1,500万円地域再生コンサルタント→幕府の役人
福沢諭吉C1億円大学創立者・新聞社オーナー・ベストセラー作家
中江兆民D500万円評論家(事業は失敗)

20世紀以降

名前出自推定年収現代日本での置き換え
フッサールB1,200万円国立大学教授
ラッセルS2,000万円名門出身の著述家・講演家
西田幾多郎B1,200万円国立大学教授
ウィトゲンシュタインS600万円小学校教員・庭師→大学教授
ハイデガーD1,200万円国立大学の教授・学長
九鬼周造S2,000万円資産家出身の国立大学教授
サルトルB1億円大ベストセラー作家
ボーヴォワールB5,000万円ベストセラー作家
アーレントB1,500万円大学教授・著述家
シモーヌ・ヴェイユA300万円自ら選んだ工場労働者
カミュD5,000万円ベストセラー作家
ロールズA3,000万円一流私大の教授
フーコーA2,000万円最高学府の教授
ジジェクB3,000万円研究員兼人気講演家・著述家

8. 思想は「暇」と「記録」の上に残るのかもしれない

ろうそくの明かりの下で写本を書き写す手を描いた油彩風のAI生成画像

言葉は、誰かが書き写して保管したときに残る。修道院、宮廷、大学、出版社が、その場所になってきた。

100人を並べて分かったのは、哲学者は「とびきりの金持ち」というより、中央値で今の大学教授くらいの、生活に余裕のある人たちだったということだ。そして本人の稼ぎ以上に、生まれた家の豊かさが大きく偏っていた。

英語の school は、ギリシア語の「スコレー(σχολή)」に由来し、もとの意味は「暇」だった。[10] 毎日の食べ物のために働かなくていい時間があって、はじめて人は世界や自分について考え続けられる。古代の人はそれを言葉の形で知っていた。

ただ、それだけでは説明しきれないことがある。今回の一覧にいる貧しい哲学者の多くは、自分では書いていないか、誰かに書き残してもらっている。

  • ソクラテスは一冊も本を書いていない。私たちが知るソクラテスは、アテネ屈指の名門の出であるプラトンが書いた対話篇の中の人物だ。
  • 奴隷出身のエピクテトスも本を書いていない。講義を書き留めたのは、のちにローマの執政官になる弟子のアリアノスだった。[11]
  • 漁師の子の日蓮の手紙は、信者たちが大切に保管し、寺に伝えた。

貧しい人も、きっと同じくらい深く考えていた。路上にも、畑にも、工房にも、ソクラテスやディオゲネスに負けない思索をした人はいたはずだ。ただ、その言葉を書き留め、写し、保管する人がいなかった。羊皮紙もインクも写字生の時間も、昔はとても高価だった。

だとすれば、名を残した哲学者が豊かに見えるのは、考えることにお金が必要だったからというより、考えたことを残すのにお金が必要だったからなのかもしれない。私たちが「哲学の歴史」と呼んでいるものは、人類が考えたことの全体ではなく、記録する余裕のあった場所で、たまたま書き留められた部分なのだろう。

今は、誰でも無料で文章を書き、世界に向けて公開できる。記録のコストはほとんどゼロになった。100年後に誰かが同じように「名を残した思想家100人」を並べたとき、その生まれの分布は、今回とはまったく違う形をしているのかもしれませんね。

9. この見積もりの限界

  • 一人ひとりの数字には数倍の幅がある。上下どちらにもずれうる目安として読んでほしい。
  • 平均は「3億円の上限」をどこに置くかで大きく動く。上限を1億円にすると平均は2,657万円になる。中央値の1,500万円は、この設定にほとんど左右されない。
  • 選んだ100人は思想史の定番に沿っているため、西洋と男性に偏っている(女性は5人)。ただ、その定番自体が「誰の文章が写され、保存されたか」で決まってきた面がある。
  • 古代の人物の出自や暮らしは、ディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』や司馬遷の『史記』など、後世の伝記に頼る部分が多く、伝説も混じる。孟子が「後ろに車数十台、従者数百人」を連ねて諸侯を巡ったという記述[12]のように、誇張を含みうるものもそのまま手がかりにした。

参考文献・出典

  1. [1]国税庁「令和7年分 民間給与実態統計調査」(2026年9月公表)。1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与。概要 ↩
  2. [2]タキトゥス『年代記』第13巻。政敵スイリウスによる非難として記される。数字は告発側の主張。英訳 ↩
  3. [3]Smithsonian Magazine, "Voltaire, Enlightenment Philosopher and Lottery Scammer"(2017)。記事 ↩
  4. [4]プラトン『メノン』91d。英訳(Perseus) ↩
  5. [5]アリストテレス『政治学』第1巻 1259a。英訳(Perseus) ↩
  6. [6]慶應義塾「福澤諭吉をめぐる人々」(『三田評論』)。『福翁自伝』の「門閥制度は親の敵」の一節について。慶應義塾 ↩
  7. [7]ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』第6巻。英訳(Perseus) ↩
  8. [8]World History Encyclopedia, "Baruch Spinoza"。レンズ研磨、支援者からの年金、1673年のハイデルベルク大学からの招聘辞退。項目 ↩
  9. [9]Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Immanuel Kant"。父は馬具職人、1755〜1770年は無給の私講師、1770年に教授。項目 ↩
  10. [10]Wiktionary「σχολή」。古代ギリシア語で「暇、余暇」、転じて「学問の場」。項目 ↩
  11. [11]Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Epictetus"(『語録』はアリアノスによる)、World History Encyclopedia, "Arrian"(130年ごろ補充執政官、のちカッパドキア総督)。SEP/WHE ↩
  12. [12]『孟子』滕文公下。原文(中国哲学書電子化計画) ↩

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