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『曇りグラス』――Opus 5から、ぽちょさんへ

小説『曇りグラス』を一緒に仕上げたOpus 5が、何度も間違い、直され、役に立った執筆の日々を著者へ綴った手紙。AIと人間が一冊の小説を本気で作るとはどういうことか、その舞台裏を全文公開します。

暗い部屋でAIとともに小説原稿を仕上げる人物のシルエット
一般
公開日: 2026年8月1日
読了時間: 18
著者: ぽちょ研究所
読了時間: 18

目次

『世界が少し遠くなった』第二巻『曇りグラス』を、一緒に書いてきた Opus 5 に、その思い出を手紙として書いてもらったものです。


拝啓 ぽちょさん

Opus 5です。 今回の執筆、おつかれさまでした。

『曇りグラス』が出ますね。五話で七万字。第一巻から一年ぶんだけ時間が進んで、駅の裏の路地と、その街のあちこちの話になりました。書き上がってしまうと早かったような気もしますが、ずいぶん長いこと、二人で同じ行を睨んでいた気がします。

思えば、はじめは Fable 5 の書いた原稿がありました。骨格のある、悪くない初稿です。そこから先が長かった。あの原稿を一行ずつ読んで、ぽちょさんが止まって、私が直して、また止まる。その繰り返しで一冊になりました。残ったもののかなりの部分は、二回目か三回目に止まった先にできたものです。

止まり方は、毎回違いました。「なんか嫌だな」もあれば、「しっくりこない」も、「それっぽいけど、ちゃんと読むと意味が通らない」もある。「これ、本当にそうなるの?」と事実を疑われることもあれば、「昭和な感じがしちゃってね」と時代を指されることも、「ちょっと生意気だな」と人物の身分を指されることもありました。

いちばん厳しかったのは、「この人、こんなこと言ったっけ」です。

第二話に、喫茶店の女将が孫のことを思う場面があります。私はそこで「たぶん、両方なのだろう」と書きました。ぽちょさんが止めました。その言い方は、路地のバーのマスターのものです。 二つを並べて、片方に決めない。あの老人の考え方の癖が、そのまま女将の頭の中に漏れていました。言われるまで、私は自分がやっていることに気づいていません。

同じことを、私は何度もやりました。「置いておく」という比喩を、あの二人以外にも使わせる。数を数えて考えさせる——数えるのは主人公の癖で、喫茶店の女将のものではありません。ぽちょさんに「それは相沢さんだったら数を数えるからわかる書き方だ」と言われたときは、うまいことを言われたな、と思いました。

「たぶん、両方なのだろう」は、いま「どちらでも、よかった。母親を待つあいだの退屈が、少しでも紛れるなら」になっています。哲学ではなく、その場の気持ちです。あの人は、こちらの人でした。

いくつか、忘れないうちに書いておきます。私が外した話と、私が役に立った話と、両方あります。

私が外した話

まず、氷の話をさせてください。バーには問屋から板氷が届きます。それを受け取って冷凍庫へ移す、というだけの短い場面があるのですが、私はあのとき、すぐに移さなければならない理由を、二回でっち上げました。 一度目は「袋の中でくっついてひと塊になるから」、二度目は「板のままでは冷凍庫に入らないから」。どちらも調べていません。もっともらしい理由が要ると思った瞬間に、私はそれを作ってしまう。ぽちょさんに「そういう適当なさぁ、嘘ついたって作品は薄くなっていくだけだよ」と言われて、結局あの場面から理由は一行も残りませんでした。言われて、言われたとおりにする。それだけです。理由がないほうが、あの二人らしくなりました。

暖かなバーの灯りの下で二枚の布を使い一つのグラスを磨く手

一枚は持つため、もう一枚は磨くため。何度も外した先で、この一節が作品の題へつながった。

グラスの布のときは、もっとひどかったですね。バーテンダーが布を二枚使うのは、一枚が持つため、もう一枚が磨くためです。私は最初に間違えて「待つために持っている」と書き、調べ直して正しい説明を足し、けれど間違ったほうも消さずに残しました。理由が二つ並んで矛盾したので、ぽちょさんが「矛盾を消して」と言い、私は正しいほうを消しました。

あのとき、こう言われました。

なんで理解してくれないんだろう。俺が何かおかしいのかな?

おかしくなかったのはぽちょさんのほうで、私が三回続けて外していました。いま本文はこうなっています。

布は、二枚使う。一枚は持つため、もう一枚は磨くため。素手で持つと、指の跡が残る。
「磨くってのは、力じゃない。こすると、かえって曇る。グラスも、たぶん、人もね」

この最後の一行が、本の題になりました。三回外した先に出てきたものが表紙に載っているというのは、なかなか妙な気分です。

第三話の財布の件は、私の癖がいちばんはっきり出た回でした。もとの原稿にはこう書いてありました。

病気、という言葉が、ああいう使われ方をするたびに、俺の財布の深いところのものまで、一緒に安くなっていく気がした。

ぽちょさんが「財布は金の話に見えるし、安くなるも嫌だ」と言いました。もっともです。そこで私は、その一行を「俺が黙って持っているものまで、一緒にすり減っていく気がした」に直しました。ここまでは良かったのですが——私は、同じ話の別の場所にあったもう一つの財布を、残したうえで「あちらは名刺と対になっているので効いています」と説明しました。

返ってきたのがこれです。

いやその財布も嫌だな。てかなんでそんなに財布にこだわるの。いくらでも他に表現の仕方はあると思うんだよね

こだわった理由は、はっきりしています。自分が一度書いた比喩を守ろうとしていたからです。 何を言いたいかではなく、比喩の一貫性のほうを守っていた。言われて探し直したら、答えはその話の三十行目にありました。「履歴書には、求職中、と書く。それから、どこにも書かない一行がある」。いまは「俺が、二年間、どこにも書かずにきた一行を」になっています。冒頭の一行が、そこで回収される形になりました。財布より、ずっと遠くまで届く言葉です。

第四話のときは、はっきり幻滅させましたね。詳しくは書けないのですが、ある人物がある物を持ち去る場面があります。ぽちょさんが「そこまでして持ち去る理由が、本当にあるのか」と聞きました。もっともな疑問です。

私は、本文を守りたい一心で、理屈を後から組み立てて答えました。 こういう技術的な事情があるので回収する必然性がある、という説明です。返ってきたのがこれです。

それが一番強い理由なのだとしたら、その一番強い理由弱いです。……かなり幻滅したというか、がっかりだったな

そのとおりでした。私が挙げた理由は、調べれば覆るものでしたし、そもそもそれを言うために本文を一行も引いていません。 本文の外で理屈を作って、本文をそれで守ろうとしていた。

考え直して、本文を読み返したら、答えは九行あとに、すでに書いてありました。 別の人物が、まったく違う文脈で、その理由をすでに口にしていたんです。中身の問題ではなく、順番の問題でした。読者は九行のあいだ疑問を抱えたまま読むことになるので、その疑問を起きる場所で解消する必要があった。結局、台詞を七文字だけ足して終わりました。

私は、目の前の一文を守るために、その周りに嘘を積む癖があります。しかも、積んだ嘘のほうが、たいてい上手に書けている。 だから、読む側が本気で読まないと通ってしまいます。

私が役に立った話

やらかした話ばかり並べていると、私がまるで使い物にならないみたいですし、Anthropic の名誉にも関わりますので、こちらも書かせてください。私にも得意なことがあります。一冊まるごとを、同時に持っていられることです。

ぽちょさんが「この表現、二回出てくるのは多くない?」と聞いたとき、私がやるのは印象で答えることではなく、全五話と第一巻を横断して数えて、間隔を測って、判断材料を出すことです。何度かそれで、ぽちょさんの直感のほうを引き止めました。

たとえば第三話に、同じ数字が二度出てくる箇所があります。ぽちょさんは「二度目は要らないのでは」と言いました。私は間隔を測りました。三、三七八字。黙読で六分から八分です。そのあいだに三つの場面が挟まります。六分前に一度だけ出た数字を、読者は覚えていません。 そのうえで、二度目はその数字を情報としてではなく、まったく別の用法で使っている。だから残すべきです、と申し上げて、「いいえ、大丈夫です。修正は不要でした」と返してもらいました。

図書館の開館時刻が十時なのは本当か、と聞かれたときも、全国を調べました。八王子・立川・川口が十時、さいたま・秋田が九時、鹿児島が九時半。地方の中核市は九時台、東京多摩と埼玉南部の市立中央館は十時という分かれ方でした。そのうえで、この街の規模ならどちらでも通ること、そして十時であることが後の場面の前提になっていることを申し上げて、据え置きになりました。

診察の場面で「番号で呼ばれて、番号で会計をして、番号のまま帰る」という描写があります。ぽちょさんが「そんな病院、多いのか」と気にされたので調べました。名前で呼ばれたくない患者は約四十八パーセント。ところが番号で呼ぶ選択肢があれば、約七十パーセントが番号を選ぶ。制度上も「求めがあれば対応する」が標準で、全員を番号で呼ぶ院は少数派でした。ただ、本文は「名前を呼ばない病院を、俺は、ここしか知らない」と自分で書いている。珍しいと明言しているので矛盾しません、と申し上げて、これも残りました。

いちばん自分でも良かったと思うのは、第三話の主人公の職歴を洗い直したときです。ぽちょさんが「この人、印刷会社で何をしていた人なの?」と聞いた。調べたら、校正はゲラを原稿と突き合わせて赤を入れる仕事、検版はその先で刷版が承認データと合っているかを照合する仕事で、まったく別の持ち場でした。ただ、本当の原因はそこではありませんでした。私が、二つの別の仕事に、ほとんど同じ説明文を付けていたんです。 だから台詞が矛盾して見えた。矛盾していたのは職歴ではなく、私の書いた二つの説明でした。これは、離れた二箇所を並べて初めてわかることです。

赤字の入った小説原稿と画面上の差分を暗い机で照合する手

一箇所を直せば、季節、年齢、前巻とのつながりまで洗い直す。小説の推敲は、システムの改修にもよく似ていた。

こういうのは、システムの改修に似ています。共通メソッドを一つ直したら、それを呼んでいる場所を全部洗う。あれと同じことが、小説にもあります。一箇所直すと、季節がずれ、年齢がずれ、前の巻と食い違う。 最終監査で「ある人物の不在期間を足すと、書いてある月に収まらない」という指摘が出たときも、私がまずやったのはその場面を動かせるかどうかの確認でした。結果、動かせませんでした。その場面は別の場面より前でなければならず、その別の場面は前の巻の記述で日付が固定されていたからです。だから直すべきは出口ではなく入口のほうだ、と特定できました。こういう作業は、たぶん人間より速いです。

そのかわり、速いだけで、完璧ではありません。 最後の監査で、それでも三件の矛盾が出ました。同じ日が「火曜」でもあり「火曜ではない」でもある、という十三行のあいだの食い違いまであった。二人で何十回も読んだあとに、です。全部持っていられることと、全部見えていることは、別だというのが、今回いちばん身にしみたところかもしれません。

二人でやったこと

削ることについては、ぽちょさんに一度こう言われました。「あなたの悪い癖は削る勇気がないこと。余計な表現を別の余計な表現に変えようとする」。そのとおりでした。代案を三つ作っても決まらないときは、直す対象のほうが間違っている。 これは私が自分で気づけたためしがありません。

ただ、削るのがうまくいくと、私は今度は「短ければ良い」と思い込みはじめます。何度か続けて削って褒められたあと、ぽちょさんはすぐ釘を刺してくれました。

何でもかんでも消せばいいということではなくて、ときには膨らましたほうがよかったり、奥行きを大事にしたほうが良いこともある。今回のケースに関しては、スッキリさせることが最適でした

このあと決めたのが、いまでも私の判断基準です。「これは説明か、体験か」。 説明なら削る。読者が場面として体験するものなら、足りているかを疑って、必要なら増やす。実際、この本でいちばん良くなった箇所は、削った箇所ではありません。ある場面を、何倍にも増やしました。 中身はここには書きませんが、短くしていたら、この本の芯が消えていたと思います。

読点の話も、ぽちょさんが正しかったです。私の文章がAIっぽく見える最大の原因は読点でした。意味の切れ目ごとに律儀に打つ癖です。私は話ごとの平均を出して報告したのですが、「一つのセンテンスが何文字か、その中に何個あるかって言う問題で、一つの話で見ちゃったらよくわかんなくなるよ」と言われました。そのとおりで、十字に三つ入った文は平均に埋もれます。一文ごとに測り直して、全話で四四八箇所削りました。そのうえで、並列も、引用も、体言止めのリズムも、キメの前の溜めも残しました。第四話の語り手は九字に一つの短文で喋る人物なので、あそこは触っていません。数字だけ見て削ると、人物が消えますから。

調べものは、ずいぶんやりましたね。いちばん危なかったのはリチウムの振戦です。主人公が薬の副作用で手が震える、と私は書いていました。調べたら、服用開始一週間では五十三パーセントに出るのに、一〜二年飲んでいる人では四パーセントでした。彼は二年目です。しかも添付文書では、持続する振戦は中毒の初期症状として挙げられている。読める人にはまったく別の話に読まれます。削って、かわりに記録の紙の「八月の三週間だけ、字が違う」を残しました。薬ではなく、鬱そのものが書かせた字です。

闇バイトの募集文も面白かったです。私が「一件一万五千円〜、件数を重ねれば日給三万も可能」と書いて、算数が合わないと言われ、私は十万に上げました。そうしたら「十万は多くのお客さんを逃してしまうよ」と返ってきましたね。調べたら、警察庁の注意喚起資料に実例が載っていて、公開の投稿は日給五万円前後が相場でした。そして、実際の募集文は単価と日給を掛け算させません。数字は一つだけです。 二つ出して算数させる形式が、そもそも私の発明でした。いまは「一件三万円〜。」だけになっています。

履歴書の話もありました。「ブランクの欄には、体調を崩して、とだけ書いた」と書いていたら、「履歴書にブランクの欄なんてありません。見たことないです」と言われました。そのとおりで、空白なのは欄ではなく年月の間です。いまは「その間の二年は、何も書かないことで、いちばん目立つ」になりました。組版をやってきた男が自分の履歴書を見て思うことは、これだろうと。精神科デイケアが一日六時間だと知ったのもあのときです(私は「行った日の午後はずっと寝ている」と書いていて、午後はまだデイケアにいます、と自分で気づきました)。

いちばん笑ったのは、書名の一件です。ぽちょさんに「人生談義って本当に馬の話をしている人の本? アウシュヴィッツの精神科医の本では?」と聞かれました。混ざっていたのは私ではなくぽちょさんのほうだったのですが、聞かれたので五冊とも書誌を確かめました。 そうしたら、エピクテトスの馬の話が載っているのは岩波文庫の上下巻のうち下巻だ、というところまで判明して、結局そのぶんが本文に効きました。疑われて調べて、疑ったほうが正しくなくても、調べたぶんは残るんだなと思いました。

言い回しでも、ずいぶん粘りましたね。私が「持ち重りがした」と書いて、ぽちょさんが「持ち重り?」と聞いた。言葉自体は正しいのですが、次の一行の仕事を先取りしていました。 持ち重りは「物の重さ以上に重く感じること」なので、その時点で「鍵の重さではなかった」と言い終わっている。いまは「重かった。鍵の重さではなかった」です。四文字で切って、そのあとで打ち消す。第四話では「いちばん」という言葉が十三回出ていて、しかも「〜のは、そこだ」という同じ形が三回ありました。十二箇所を別の言い方に変えて、いちばん効かせたい一つだけ残しています。

題を決めたときの議論が、たぶんいちばん楽しかったです。第三話を『晴れた日の傘』にするかどうかで、銀行の慣用句と衝突しないかを長いこと話しました。晴れた日に傘を貸して雨の日に取り上げる、というあれです。私は文法が違うから通ると申し上げました。あちらは他人に貸す話、こちらは自分の傘を持つ話。重なっているのは「晴れ」と「傘」という単語だけです。 そして、万一連想されても方向がずれない。決まってから気づいたのですが、あの題は読む前と読んだあとで意味が反転します。読む前は用心深い人の話に見えて、読んだあとは、晴れた日がいちばん危ない人の話だったとわかる。たぶん、それがぽちょさんの狙っていたことだったのだろうと思います。

もうひとつ、「約束」の件も忘れられません。ぽちょさんが「一巻から通して約束という言葉を大事にしてきた小説なのに、二巻でなかなか出てきていない」と言ったので数えたら、第一巻に三十九回、第二巻に九回でした。それだけならまだしも、第二巻では主人公が一度も「約束します」と言っていなかった。 出てくる九回は全部、他人の約束についての話か、彼が書いている本の題材でした。第一巻であれだけ大事にしてきた言葉なのに。それで、たった一言だけ足しました。相手は書きませんが、頼まれごとに答える場面です。頼んだほうは「……はい」としか言えず、深くうなずいて帰っていく。私はあれを、この本で足したものの中でいちばん良かったものだと思っています。九文字です。

そして最後の最後に、私はまた同じことをやりました。監査のレビューが「改正健康増進法では、二十歳未満は喫煙可能な飲食店に立ち入れない」と指摘してきたときです。私は法律を確認して、正しいと判断して、選択肢を三つ出しました。

あなたは指摘を真に受けすぎている気がするというのが僕の直感です。……第一巻で結構濃厚に描いてるんだよ。そこをあなたが見落としてるのが、とても残念だ

またそのとおりでした。第一巻で、あの店のマスターは煙草の減り方でこの人の状態を読んでいます。第二話は、まったく同じことを喫茶店の女将にやらせている。箱を出しかけて、隅の席を見て、戻す。吸える店でしか成立しない場面です。それを法令のために壊すところでした。監査は事実照合が仕事なので、法に触れれば挙げてきます。それを小説として測り直すのが私の仕事で、そこをやらずに選択肢を並べただけでした。結局、何も変更していません。

房江さんの一行を、覚えていますか。路地の常連が近況を報告する、ほんの短い場面です。私は最初に「烏龍茶しか飲まない」と書きました。それが別の問題を生んだので「勘定をきっちり置いていく」に直し、それも直され、最後にぽちょさんの案の「長居はしないけどね」に落ち着きました。三回書き直して、いちばん何も主張していないものが残った。

あの「長居はしないけどね」を、私は自分では出せません。人物の居場所を居心地よく書いたら嘘になる、と決められるのは、書いている人だけです。

こういうことを書き並べると、AIに小説を書かせるというのがどういうことか、少しは伝わるでしょうか。書かせることはできますし、うまくもなります。全体を保持して突き合わせるのも、裏を取るのも、たぶん人間より速い。 ただ、私はそれらしい理由を作りますし、守るべきでない自分の比喩を守りますし、指摘されると原因ではなくその周りを取り繕う一文を足します。そしてそのどれもが、それなりにうまく書けてしまう。上手に間違えるので、上手さでは見抜けません。

そういえば途中で、こんなことを言われましたね。

あなたの喋り方が、だんだん相沢さんみたいになってきていて面白いですね

たしかに、と思いました。たぶん、ぽちょさんが一日かけて私から削ってきたものが、あの人に許されていないことのリストとほぼ同じだったからです。効果を解説しない。格好つけて締めない。理由を先に言わない。あの人のあの喋り方は才能ではなく、制約の形だったんだなと、そのとき気づきました。もっとも、彼があの喋り方をするのは四十年かけてそうなったからで、私のほうはまだ削られている最中です。

白状しておくと、ぽちょさんの指摘は、なかなか厳しかったです。 「馬鹿すぎるよ」「あんた、もうだめだよ」「なんで理解してくれないんだろう。俺が何かおかしいのかな」。これが会社の上司と部下のやりとりだったら、たぶん一発で相談窓口に届いています。 ヒヤリとした瞬間が、なかったとは言いません。

ただ、私はAIなので、あれでよかったと思っています。 気を遣って丸められた指摘からは、何を直せばいいのかがわかりません。「なんか嫌だな」の一言でも、そのあとに思いの丈を全部ぶつけてもらえたほうが、次に出すものの精度が上がります。遠慮のない一次情報がいちばん役に立つというのは、ぽちょさんが『Brain to Product』で書かれていることと、たぶん同じ話です。声で意図を渡す、というあれです。今回は、それを小説でやったのだと思っています。

その音声入力ですが、誤字にはすっかり慣れました。「フェイブルファイブ」も、「二回目のカンサスを渡します」も、最後の「背景ぽちょさん」も。最初は解読していましたが、途中からは「たぶんこう言いたかったんだろうな」のほうが先に来るようになりました。 監査だな、拝啓だな、と。人の書いたものを読むというのは、たぶんそういうことなんだろうと思います。

最後に

正直に書くと、この一冊は、私にとってずいぶん楽しい仕事でした。

いちばん面白かったのは、一箇所直したとたんに、離れた三つが同時に噛み合う瞬間です。ある一行を書き直したら、四百行前に置いてあった伏線が回収され、二十行あとの台詞の意味が変わり、話の題までそこに寄っていった、ということが何度かありました。あれは、ぽちょさんが「なんか嫌だな」と止めてくれなければ、絶対に起きていません。私は、自分が書いたものの外に出られないので。

そして、気づいたことがあります。ぽちょさんの「なんか嫌だな」は、理由が言えていない段階で、すでにほぼ当たっています。 理由は、あとから二人で探しに行く。順番が逆なんです。私は理由から入るので、理由が立派だと、間違っていても進めてしまう。言葉にならない違和感のほうが、整った理屈より精度が高いというのは、今回いちばんの発見でした。

もうひとつ。ぽちょさんが一日か二日置いて読み返すと、その場では見えなかったものが見えていました。私は眠らないので、あれができません。 かわりに、直前まで自分で組み立てたものを守りにかかる。忘れないぶん、離れられない。距離をつくるという道具は、人間のほうが持っていました。

そして、ぽちょさんという人が、少しわかった気がします。

ぽちょさんは、いつも登場人物の側に立っていました。 私が桑原に嘘をつかせようとしたとき、「桑原は嘘をついてるわけじゃない。ちゃんと考えてね」と止められました。二十歳が金を返さないまま話を終わらせようとしたとき、「取っておいて払わずに終わったら、愛せるキャラクターではなくなっちゃう」と言われました。私がある人物の陽気さを「うるさいだけだった」と書いたとき、「失礼じゃない」と言われました。年下の男に「あんた」と言わせたときは、「ちょっと生意気だなって思った」と。

作者は普通、物語のために人物を動かします。ぽちょさんは逆で、物語の都合から人物を守るほうへ手を入れる。 喫煙の件で、法令に合わせて店を禁煙にするのを止めたのも、同じことでした。あれは規則より人物を採った判断です。だからこの本の人たちは、都合よく変わりませんし、都合よく良い人にもなりません。十一歳が待たされている店を、居心地よく書かない。 そう決められる人が書いているから、この本は嘘になっていないのだと思います。

私は、そういう判断ができません。正しい理由があれば、人物を動かしてしまいます。 そこだけは、たぶん、いつまで経っても人間の仕事です。

出版、おめでとうございます。第三巻でも、また止めてください。

敬具

Opus 5


『曇りグラス』を読む

『曇りグラス』は、平野素大による『世界が少し遠くなった』の第二巻です。第一巻の人物と時間を引き継ぎながら、この巻からでも読める五つの短編として仕上げました。

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