目次
金は本当に「安定資産」と呼べるのだろうか
— 価格データ・歴史・論文エビデンスから徹底検証(2025年10月時点)
はじめに:みなさん、金=安定のイメージを一度「分解」してみましょう
みなさんが投資や資産防衛を考えるとき、「金(ゴールド)は安定資産」という言い方をよく耳にしますね。戦争やインフレ、通貨不安のニュースが流れると、金が買われる――そんな報道も定番です。では本当に「安定」なのでしょうか。今回のテーマは、金の価格・通貨・マクロ要因を具体的な数字で追いながら、「安定」という言葉の中身を丁寧にほどき、金がどんなときに役に立ち、どんなときに期待外れになるのかを、学術研究の知見も交えて講義形式で解説します。
例え話から入ります。金は、海図のない航海に持ち込む"非常食"のような存在です。嵐のときには心強い。しかし、穏やかな航路ではかさばり、思ったほど役に立たないこともある。ポイントは、「いつ、どの状況で、どれくらい持つか」です。
第1章 最新の"いま"を数字で把握する(2025年10月)
- 国際価格の新局面
- 日本の店頭価格:1グラム2万円台に定着
- 円建て価格は"金×為替"の掛け算
2025年10月、金は1オンス=4,000ドル超の史上高値圏に到達しました(10月7日ロンドン時間、4,031ドル台)。年初来では+50%前後の急伸と報じられています。背景には、地政学リスクや米金融政策の不確実性、各国中銀の購入継続、ETF資金流入などが重なっています。
国内小売の代表的指標である田中貴金属の店頭価格は、2025年9月末に初の2万円/グラム突破を記録し、10月10日14時時点では21,529円/グラムが掲示されました(いずれも税込の小売価格)。
参考として、1オンス=31.1035g。仮に4,000ドル/オンス、為替1ドル=152円なら理論値は約19,500円/グラム(4,000×152÷31.1035)。実際の国内店頭は消費税や小口手数料でこの理論値より上ぶれしやすく、2万円台の表示と整合します。実勢履歴も10月上旬に19,1~19,8千円/グラムの推移を確認できます。
小まとめ:「2万円/グラム」はニュースの見出し的インパクトですが、内訳は国際金価格の上昇+円安+国内税・マージンの合成です。日本の投資家が体感するボラティリティ(価格変動の大きさ)は、ドル建て金価格より為替次第で増幅され得ます。
第2章 歴史の要所:金本位制の終焉と"約束"が解けた日
「金は昔は絶対の価値があった」と言われます。ここで重要なのが1971年の"ニクソン・ショック"。米国はドルと金の直接の交換停止を宣言し、ブレトンウッズ体制は実質的に崩壊。各国通貨は管理通貨(フィアット)へ、為替は変動相場制へと移行しました。つまり、「必ず金と交換してあげます」という国家の約束は消えたのです。
この出来事は、金の位置づけを「貨幣の土台」から「市場で価格がつく資産」へと変えました。以後の金価格は、実質金利・ドル指数・リスク回避・中銀需要など、多様な要因で動く「金融資産」らしさを強めます。
第3章 需要の柱:中央銀行・投資家・宝飾
最新データでは、各国中央銀行の購入が金需要の強い押し上げ要因となっています。世界的には2024年に3年連続で年間1,000トン超を購入。2025年も上期・8月の月次で継続買いが確認され、調査では95%の中銀が今後1年で世界の金準備は増えると回答しています。中国を含む新興国の準備資産の分散(いわゆる"脱ドル依存"の一部)が背景です。
投資家サイドではETFへの資金流入が再び増加。2025年は西側ETFの保有増加が価格押し上げに寄与したと複数のレポートが指摘しています。
第4章 "安定"を定量化する:ボラティリティと相関の視点
では、金の"安定"をどう測るか。プロの世界ではボラティリティ(標準偏差)や他資産との相関で評価します。
- ボラティリティ
- インフレ・実質金利との関係
- 危機時の"保険価値"
長期データでは、金の年率ボラティリティはおおむね15%前後とされます(観測期間・通貨で変化)。株式(S&P500)の長期ボラと近い水準という示唆もありますが、円建て金は為替成分を含むため日本の投資家にはより振れが大きく感じられることがあります。2025年のような年は、実感として"安定"というより"急伸と急落を併存するリスク資産"の顔が前面に出ます。
研究では、高インフレ局面や実質金利低下局面で金のヘッジ効果が強まる傾向が示されます。ただし短期は不安定、国・時期で有意性が変わるとの結果も多数。日本では長期的に「部分的ヘッジ」とする論文もあります。
コロナ初期など急落時に相対的に下がりにくい/上がりやすい場面が観測され、株式のドローダウンを和らげる分散効果が確認されます。ただし万能の逆相関ではないため、"保険"としての配分量が鍵です。
小まとめ:「安定=値動きが小さい」ではなく、「危機時にポートフォリオを補強する特性」が金の"安定"の中身です。価格自体は十分に変動的であり、2025年の急騰・急反落はその象徴です。
第5章 「3000円/グラム → 2万円/グラム」をどう解釈するか
みなさんの実感として、20年前は3,000円台/グラムという記憶がありますね。実際、日本の円建て金は2000年代半ば~後半にかけて3,000円台をつける局面があり、そこから為替の円安・国際金価格の上昇が重なって2万円台へ。2025年はドル建て価格の史上高値更新と円安が同時進行し、国内価格は跳ね上がりました。
- 国際価格要因:金そのものの需給、実質金利、リスク要因。
- 為替要因:円安(例:70円台/ドルの時代→150円台へ)で円建て価格は押し上げ。
- 国内要因:消費税・小口マージン。
ここで重要なのが分解です。
ですから、「金そのものが6倍になった」だけではなく、「金×為替×税・マージンの合成効果」として理解するのが正確です。
第6章 金と不動産:どちらが本当の"安定資産"か
ご質問の核心、「駅近の良い土地やマンションの方が安定では?」について、性質の違いを整理します。
- 価格の振れ方(マクロ指標)
- 金:流動性が非常に高く、日次で上下。2025年は年初来+50%前後という"強気相場"を経験。
- 日本の土地・住宅:2024~25年は全国で年+2~3%台の上昇(過去34年で最速ペースという表現も)。都心の中古マンション指数でも年+10%前後の伸びが観測されます。ただし、不動産は年次評価・地点差が大きく、下落局面は長引くこともあります(90年代以降の長期調整を想起)。
- 流動性・取引コスト
- 金:現物・ETFとも売買が容易で、保管コストはあるものの処分は迅速。
- 不動産:流動性が低く、登記・仲介・税などの取引コストが高い。価格は滑らかに見えても、実際は"売れない価格"を含むため、評価の見かけ上の安定が生じやすい。
- 地域・個別リスク
- 金:グローバルな需要に裏打ちされ、地域偏在が相対的に小さい。
- 不動産:立地・建物状態・規制など個別リスクが大きい。災害・人口動態の影響も顕著。
- 相関と分散
- 金は株・債券との相関が低い/変動しやすいためポートフォリオ分散に効く。
- 不動産(特に自宅)は消費材の性格が強く、リスク資産としての最適配分は人・目的で変わる。
結論的示唆:値動きが小さい=安定なら、「一等地のコア不動産」の方が見かけ上は安定に見えやすい。一方、換金性・地政学イベント耐性・通貨分散という観点では、金の"保険的安定"は代替しがたい。両者は代替ではなく補完の関係、と考えるのが実務的です。
第7章 論文・統計が語る「金の効用」と限界
- 長期の購買力維持:多くの研究が、超長期では購買力維持(インフレ・通貨希薄化に対する防波堤)の役割を支持。ただし短期~中期では一貫性に欠けることがある。
- 日本におけるインフレ・ヘッジ:米国ほど強くない/部分的との結果も。インフレ率のレジーム(高インフレか否か)や実質金利の動きで効果が大きく変わる。
- 危機下パフォーマンス:急落期に相対的な防御力を示しやすいが、常時の逆相関を過信しないこと。
- ボラティリティの誤解:長期統計では株式と大差ない時期もあるが、2025年のような年は"安定"という言葉から遠い。「価格が安定」ではなく「機能が安定(保険・分散)」と理解するのが実務的です。
第8章 なぜ2025年にこんなに上がるのか:構造要因の"重ね掛け"
- 中銀の継続買い:地政学と準備分散の流れ。特に新興国中銀の需要が構造的。
- ETF資金の回帰:西側ETFの保有増。個人のバー・コイン需要も強含み。
- 実質金利・金融政策の不確実性:利下げ観測や政府の財政・信用不安は金の相対魅力を高める。
- 為替(円安):日本の投資家にとって円安は円建て金の強い追い風。
- 地政学ショック:停戦・合意報道で短期の反落も起きるが、上昇トレンド中の押し目として機能することも。
第9章 「安定資産」かどうか――結論の出し方
では、金は安定資産か? 答えは二層構造です。
- 価格の安定性という意味では"安定"ではない。
- 機能(保険・分散)の安定という意味では"安定"。
2025年の年初来+50%前後という激しい騰勢、1日の中での数%の変動、そして為替による増幅。これらは、金が価格面ではボラタイル(変動的)であることを示します。
金は、通貨の信用不安・高インフレ・地政学ショックといった極端事象で相対的に機能することが多い。株式・国債との相関が下がる場面を持ち、長期の購買力維持という実績もある(ただし国・期間で差)。「非常時の保険」としての機能は比較的安定しています。
結論:"価格が安定"ではなく"機能が安定"。金は精神安定剤としての側面(現物の手触りや所有実感)も確かにありますが、データ的にも「保険的資産」としての役割は否定できません。逆に言えば、金だけで資産を守るのは危険。株・債券・現金・不動産などと組み合わせてこそ真価を発揮します。
第10章 実務ガイド:みなさんの判断を助ける5つの問い
- 目的は何か?
- 通貨は何で持つか?
- どの入れ物を使うか?
- 想定シナリオを数値化
- ポートフォリオ全体の分散効果
価格上昇益狙いなのか、通貨分散・危機ヘッジなのか。目的で保有比率は変わります。 円建ての金=金×為替。為替ヘッジの有無、外貨分散の方針を明確に。 現物(地金・コイン)は保管コストとスプレッド、ETFは手数料とトラッキング誤差、先物はロールコストと証拠金管理、金鉱株は金価格以外の企業リスクが乗ります。 例:4,000→3,600ドル/オンス(-10%)×152円=円建て-10%、円が140円へ円高なら円建ては-約18%になる、といった二軸の感応度を事前に計算。 金の相関低下が見込める局面で他資産のドローダウンを緩和できるか。実際のデータ(過去の危機期)でバックテストするのが実務的です。
第11章 よくある誤解と事実関係
- 「金は必ずインフレに勝つ」?
- 「金は常に安全」?
- 「不動産は2倍・3倍にはならない」?
長期では購買力維持の傾向がある一方、短中期ではズレることは珍しくありません。 急落も起こります。停戦合意やリスク後退のヘッドラインで短期に数%下落するのは日常茶飯事。 年次データの滑らかさと実取引の価格差にはギャップがあります。都心の特定セグメントでは短期に二桁上昇の例もあり、流動性の低さがボラティリティを見えにくくしている側面があります。
第12章 まとめ:みなさんへの提案
- 金は"値段が安定"する資産ではなく、"機能が安定"する保険的資産。
- 日本の円建て金は為替の影響が大。ドル建て金の見通しだけでなく、為替前提も常にセットで考える。
- 中銀需要とETF流入が当面の下支え要因。ただしヘッドラインでの反落も頻発するため、"一括ドン"より段階的な組み入れが理にかなう。
- 不動産と金は補完関係。換金性・地政学耐性の金、居住・収益・担保価値の不動産。目的別に役割分担を。
- 実務はポートフォリオ全体で。株・債券・現金・金・不動産の配分設計が最優先。金は5~10%程度の"保険枠"という古典的な考え方は、依然合理性があります(あくまで一般論)。
補遺:主要データの"見方"チートシート(2025年版)
- 1オンス=31.1035g。4,000ドル/オンスは約128.6ドル/グラム。USD/JPY=152なら約19,500円/グラム。
- 国内店頭(田中貴金属)は税込・小口マージン込みで、理論値より数%~十数%上振れし得る。9月末2万円初突破、10月10日21,529円。
- 上昇ドライバー(2024~25):中銀買い(3年連続1,000t超)・ETF資金回帰・実質金利低下観測・地政学。
- 下落要因:停戦・利上げ観測・実質金利上昇・ドル高回帰・利食い。実例として10/9に4,000ドル割れの一服。
おわりに:みなさんへの問いかけ
みなさん、「安定」という言葉の意味がクリアになったでしょうか。金は"価格が安定"する資産ではない。しかし、"機能が安定"する保険として、通貨・政治・市場の不確実性が高まる現代において、一定の座席を与える合理性があります。 そして最後にもう一度。安定は単独資産の性質ではなく、ポートフォリオ設計の帰結です。金も不動産も株も債券も、適切な席に座れば安定を生む。この視点を持って、みなさん自身の"安定の定義"を組み立てていきましょう。